2月11日の朝日新聞デジタルの記事
2月11日の朝日新聞デジタルにこのような記事がありました。
新型コロナウイルスの第6波によって、救急要請しても病院が決まらないケースが増加しているという内容です。記事内容は119番通報を受信する消防管制室を取材した記者の方が書かれています。
・救急搬送困難事例(受入交渉4回以上、現場滞在30分以上)
・搬送先が決まるまで46回病院交渉した
このようなことが書かれています。私は現在は救急隊員として働いていますが、過去に消防管制室で119番受信する管制員として勤務した経験もあります。その目線から、この記事について触れてみたいと思います。
記事の舞台
この記事の舞台は兵庫県神戸市です。神戸市は兵庫県の県庁所在地で人口は153万人、全国でも屈指の大都市です。
兵庫県には消防学校が2校ありますが、1校は神戸市が独自で保有しており、神戸市の職員のみが入校します。このことからも、神戸市は消防力に関しても全国屈指ということです。
救急車の設置基準
記事によると、神戸市は救急車を34台稼働させているとのことで、これも非常に台数が多いと言ってよいですね。救急車は消防法によって、設置基準が決まっています。
・人口10万人以下なら2万人に対して1台
・人口10万人を超える自治体は5台とそこから5万人ごとに1台加算した台数
救急車は消防法によって、設置基準がこのように決まっています。あくまでも基準で全ての自治体がこの設置台数であるわけではありません。
・昼間の人口
・救急件数
・高齢化率
このようなことを勘案して、最終的には各自治体ごとの裁量で決められています。神戸市の場合は人口153万人なので、救急車の設置基準では33台となりますが、34台稼働させていることから、設置基準以上の消防力を持っているということです。
※設置基準はあくまでも設置している台数で稼働台数ではありません。人口10万人以下の自治体の場合、設置台数は5台でも稼働台数は3~4台です。少なくとも1台は予備車として待機させておく必要があるからです。
そう考えると、34台稼働させている神戸市は40台前後の救急車を保有していると考えることができます。つまり、消防法で定められている設置基準を大きく超える台数を保有しているということです。
このグラフからわかるとおり、救急車を30台以上保有している消防組織は全国でも5つほどしか無いことがわかります。それほど、神戸市の救急車は多いということです。
搬送先が決まるまで時間を要している
神戸市ほどの規模の大きい自治体なら、救急告示病院は市内に数多くあり、3次医療機関も複数あります。他市に行かなくとも、市内で救急医療が完結することができるということです。
これは、人口が30万人以下の自治体では難しいといってよいですね。
・3次医療機関(〇〇救命センター)が市内に無い
・夜間の時間になると、市内に小児科対応病院が無くなる
このようなことは当たり前にあるからですね。そのため、いくつかの市をまとめた〇〇地区といった形で輪番制を取る病院で診療科目を分け合うことになるということです。
・脳外科だと隣の市まで行かないといけない
・小児科だと20㎞離れた○○市立病院しかやっていない
このようなことは人口30万人以下の自治体ではありふれていますが、神戸市のような人口150万人の大規模な自治体ではないといってよいのです。
・人口が多く、医療機関も市内に充実している
・救急車の設置基準を満たしている救急車の台数を稼働させている
このような神戸市で休む間もなく救急出動しているということは、異常事態といってよいということです。
YOHの考え
救急要請した救急車が全ての事案で病院搬送するわけではありません。何割かは「不搬送」といって病院搬送することなく事案終了するケースがあります。
・どう見ても軽症で自己受診可能
・希望通りの病院に行けないなら搬送してもらわなくてもよい
このようなことで不搬送となるケースが救急事案の1割ほどはあります。このような場合でも、救急車は稼働状態となるため、1時間程度は他の事案に出動することができなくなります。
コロナウイルス関連だけではなく、このようなことが積み重なって医療ひっ迫しているというのが、今の救急現場の状況です。そして、このような状況で割を食うのが、本当に救急車が必要な方々です。
・脳卒中
・心筋梗塞
・喘息大発作
このような方は数分の治療の遅れで予後が大きく変わってきます。そのような方に救急車が適切に行きわたらない可能性があるということです。しかし、これは救急車を利用する側だけに問題があるわけではありません。
私は、救急車が本当に必要無い場合でも119番通報してしまう、不適切な救急車の利用は、消防組織のアピールが足りないからだと考えています。ずばり言ってしまえば、救急車の適正利用に対する広報が足りていないということです。
今の時代は、お金をかけずとも広く訴えかける方法は数多くあります。その代表はTwitterなどをはじめとするSNSですね。消防組織に限らず、行政はこの使い方が上手ではないのですね。
消防管制室や救急現場で消防の助けを必要としている方と会話をして分かることは、多くの方は非常に聡明で理解力があるということです。しかし、いくら聡明で理解力があっても、救急車の適正利用自体を認識していなければ、不適切に使ってしまうことがあるということです。
勉強と同じで多くの人は知らないこと、学習していないことは分かりません。しかし、教員が教えてくれることによって、はじめて学習して理解することができるのです。自分から進んで学習して知識をつけることは誰にでもできることではありません。
救急車の適正利用についても同じということです。普通に生活している方は救急車を利用することは一生に1回でしょう。一生に1回あるか無いかということの知識の自己習得をを多くの方に求めるのは、消防組織の怠慢だと私は考えています。
しっかりと広報を行っても、救急車を不適切に利用するケースは無くなることはないでしょう。しかし、それを減らすことはできるのですね。消防と市民、両方が歩み寄ることによって、本当に救急車を必要とされる方がいつでも救急車を使えるようになることが救急隊員の願いでもあるのです。
ご覧いただきありがとうございました。
救急搬送困難事例についてはこちらで記事にしています。
墜落外傷の死亡確認についてはこちらで記事にしています。