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蘇生の可能性が極めて低い傷病者の病院搬送について

ヤフーニュースの記事

 1月7日のヤフーニュース掲載の記事が非常に興味深いものでした。

 記事内容を要約すると、高いところから転落し、病院で高度な医療で処置をしても助からない傷病者を救急隊が3次病院(大学病院などの高度な医療が提供できる病院)に搬送してきて、医師が救急隊に疑問を投げかけたという記事です。

 ・初期観察時点で助からないことがわかるのに何故、3次病院に搬送したのか?

 ・その場で死亡確認してもよかったのではないか?

 この記事では、このようなことを救急隊長は医師から問いかけられています。

 実際に救急隊として働いていると、このようなケースには少なからず遭遇します。この記事のコメント欄を見ていると、様々なコメントが書き込まれています。

 ・医師の言い分が正しい。医療資源の有効活用のためには現場で死亡判断すべき

 ・救急隊が搬送したことに落ち度はない

 様々なコメントが書き込まれていますが、非常に考えさせられる内容です。今回は、救急隊の目線から、蘇生の可能性が極めて低い傷病者の病院搬送について、考えてみたいと思います。

救急隊が死亡判断できるケース

 前提条件として、救急隊が現場で死亡判断できるケースは限られています。

 ・脳脱(脳が頭から飛びだしていること)

 ・体幹の断裂

 ・腐敗、自己融解

 ・全身の炭化

 ・医師が死亡判断したとき(ドクターカーなどで医師が事故現場まで来たとき)

 ひとつでもこれらに該当する場合は、救急隊は心電図モニターでの波形確認や瞳孔観察をすることなく死亡していると判断することができます。

 ・30メートル以上の高所からの転落

 ・電車と人との交通事故

 ・死亡してから1週間以上が経過している

 このような事案の傷病者に当てはまる場合が多いですね。しかし、これらに該当しない場合は、観察をして判断する必要があります。

 ・意識無し

 ・呼吸無し

 ・総頚動脈での脈拍蝕知不能

 ・心電図波形が心静止

 ・身体の冷感

 ・死後硬直または死斑

 ・瞳孔散大

 ・対光反射無し

 観察の結果、この8つの条件を全て満たしていないと、救急隊は傷病者を死亡していると判断することはできません。1つでも該当しない項目があれば、救急隊は心肺蘇生処置をして病院搬送する必要があるということです。

 ・高所から転落して頭が割れているが、脳脱しておらず、心電図波形はPEA

 ・意識レベルⅢ-300で四肢に若干の硬直が確認できるが、身体は暖かい

 このような場合は、救急においては病院搬送の対象となります。

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出典 湘南地区メディカルコントロール協議会 救急隊の判断で傷病者を不搬送とするプロトコル

搬送病院について

 救急では病院は規模や医療提供状況によって、1次~3次までの3つに分類されています。

 ・1次病院 入院の必要が無く、軽症傷病者を診る病院(町の診療所やクリニックなど)

 ・2次病院 24時間体制で救急傷病者を受け入れることができる病院(○○市立病院など)

 ・3次病院 2次病院では対応できない重症や重篤の救急傷病者を受け入れる病院(○○大学附属病院救命センターなど)

 病院数は3次病院が最も少なく、全国で300に満たないほどの数しかありません。そして、その多くは都市部に立地しています。

 救急車で傷病者を病院搬送する場合、1次病院(町の診療所やクリニック)などに搬送することは特別なケースを除いてありません。多くの場合、2次病院に搬送し、重症度が高い(または、高い可能性がある)と判断した傷病者は3次病院に搬送します。

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出典 伊勢赤十字病院

ヤフーニュースのケースの場合

 ・高所から転落(高エネルギー外傷)

 ・体幹部の動揺

 ・耳出血

 ・CPA(心肺停止)

 今回のヤフーニュースの傷病者はこのような状態です。この状態であれば、救急隊が死亡判断することはできない(やってはいけない)ので、心肺蘇生処置をしつつ、病院搬送をします。

 しかし、外傷CPA傷病者という時点で、2次病院はまず受け入れることはできません。

 ・医療体制

 ・人員

 このような理由から、2次病院ではここまで重症の傷病者を受け入れることは不可能だからですね。そのため、救急隊としては、3次病院に搬送する以外の選択肢はありません。

 しかし、ある程度の経験を積んだ救急隊員であれば、どれだけ高度な医療を施しても、このケースの外傷CPA傷病者が蘇生する可能性は極めて低い(恐れを承知で言ってしまえば、まず蘇生することはない)ということは判断ができます。

 それでも、2次病院が受け入れできない以上、救急隊は3次病院に搬送する必要があるということです。

病院に傷病者の状態をしっかりと伝えることができているか

 今回のケースでは、救急隊長が医師から「初期観察時点で助からないことがわかるのに何故、3次病院に搬送したのか?」と問われています。

 病院側からすれば、3次病院の医療は、高度な医療を提供して助かる傷病者に使う必要があります。今回のような、まず蘇生することはない傷病者に貴重な医療資源を使うことは非常にためらわれることなのですね。

 今回のケースのポイントは、救急隊長が傷病者の状態を正確に病院に伝えることができていたか、ということです。

 救急隊は病院搬送する際に、必ず病院へ傷病者の状態を伝えます。

 ・受傷機転

 ・バイタルサイン

 ・現在の状態

 ・救急隊の処置内容

 どれだけ急いでいても、外傷事案であれば、この4つは伝える必要があります。そして、その状態から病院は傷病者を受け入れるかどうかを判断します。

 ・高所から転落(高エネルギー外傷)

 ・CPA

 ・体幹部の動揺あり、耳出血

 ・全脊柱固定

 これらの内容から、高度な医療を提供しても病院は蘇生の可能性が極めて低いと判断すれば、受け入れ不可と救急隊に伝えてもよいということです。

 そして、病院交渉の際に救急隊から「蘇生の可能性が極めて低い」と言うことはできません。そこを判断するのは医師の役割だからですね。救急隊は状況やバイタルサインといった事実を伝えるだけということです。

 ※実際には、病院交渉時に「うちの病院で処置して助かりそうですか?」と聞かれることがあります。その場合のみ、私は自分の判断を伝えることにしています。このケースの場合、私であれば「おそらくは死亡確認だけになると思います。」と医師に伝えます。

 今回のケースでは、救急隊長がしっかりと傷病者の状態を伝えていたにも関わらず、搬送後に「隊長さん、さっきも言ったとおり、こりゃ死体だぜ、墜落による即死体、だから治療の対象なんかにはならないよ。」と言われたのであれば、救急隊がかわいそうだと感じます。

 逆に、救急隊隊長が傷病者の状態をしっかりと病院に伝えることができていなかったのであれば、病院の言い分はもっともだということです。

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状況を言葉で伝えることは難しい。しかし、それをするのがプロの仕事。

YOHの考え

 このようなことは救急隊であれば、誰しもが経験したことがあるケースですね。救急隊が病院交渉の時に最も大切なことは、傷病者の状態をしっかりと把握して、的確に医師に伝えることです。

 ・傷病者の状態を的確に伝えることができずに、高度な医療が必要な傷病者であるにも関わらず3次病院から受け入れ不可と言われた

 ・傷病者の状態をしっかりと把握できておらず、安易に軽症と判断し2次病院へ搬送した

 このようなことは、プロとして絶対にやってはいけないことなのです。そして、自分の役割をしっかりと把握して、そこから逸脱しないことも大切です。

 ・医師でもないのに死亡判断をする

 ・聞かれてもいないのに、蘇生の可能性が極めて低いと医師に伝える

 このようなことは救急隊の役割を大きく逸脱した行為ということです。

 ・状況をわかりやすいように伝える

 ・客観的事実から、医師が判断しやすい状況をつくる

 これが病院交渉する際に救急隊が行うことなのですね。今回のケースでは現場の状況やバイタルサインなどを伝えることで、「蘇生の可能性が極めて低い」ということを医師に判断してもらう必要があるということです。

 非常にビジネスライクかもしれませんが、救急隊到着時点で助からない命というものは確実に存在します。救急隊は命を助けるために出動していますが、全ての事案で命を助けるための活動をするわけではないのです。しかし、助からないと判断した時点で仕事が終わるわけではありません。

 ・家族の感情

 ・傷病者の思い

 このようなことを勘案して活動することは、心肺蘇生と同様の価値がある場合があるということです。そのようなものに寄り添って仕事をすることが大切だと私は考えています。

 ご覧いただきありがとうございました。

消防の仕事に関してはこちらで記事にしています。

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