3月4日ヤフーニュースの記事
3月4日のヤフーニュースにこのような記事が掲載されていました。
心肺停止事案に出動した救急隊員が、現場に偶然居合わせて応急手当に当たっていた看護師の方に静脈路確保を指示して行わせたたという内容です。
指示をした救急隊員は自分がやったと虚偽の報告をしたとのことで減給の懲戒処分を受けています。
コメント欄を見ると、様々な意見があります。
・傷病者の蘇生率が上がるのならば問題ないのでは
・マニュアル通りにやって傷病者が死んだら意味が無い
・現場での判断は間違っていない
・問題は虚偽の報告を行ったことだけ
概ねこのような意見で、居合わせた看護師の方に静脈路確保を指示して行わせたことに対しては賛成的なコメントが多い印象です。
今回は、このヤフーニュースの記事について救急隊員目線から触れてみたいと思います。
静脈路確保とは
救急救命士は一定の条件下にある傷病者に対して特定行為と言われる医療行為をすることができます。
・静脈路確保
・薬剤投与
・気管挿管
・血糖値測定
・ブドウ糖溶液投与
全てではありませんが、このような医療行為が救急救命士が行う特定行為として挙げられます。今回のケースで取り上げられているのは静脈路確保ですね。
静脈路確保とは、ざっくりと言ってしまえば点滴です。静脈の中に乳酸リンゲル液を入れる医療行為です。
・静脈路に穿刺(針を刺す)
・乳酸リンゲル液を輸液する
行うことはこの2点だけです。心肺停止傷病者に行う場合は、静脈路確保だけではそれほど効果はなく、次の薬剤投与のための準備段階の行為と言えます。
静脈路確保ができたら、その輸液ラインからエピネフリンを投与することができるからですね。
・静脈路確保 → エピネフリン投与
この流れが心肺停止傷病者に対しての救急救命士の特定行為のスタンダートな流れとなります。
※全ての心肺停止傷病者に対してエピネフリン投与できるわけではありません。
特定行為は医師の具体的な指示がなければすることができない
前提条件として、静脈路確保などの特定行為は医師の具体的な指示が無ければすることができません。そのため、救急救命士が特定行為を行う時は、医師に必ず指示要請を行います。
・傷病者の状態を医師に電話で伝える
・医師から静脈路確保の許可が下りる
この手順を満たしてはじめて特定行為を行うことができるということです。今回のケースでは、救急隊員は特定行為の指示は取っていたと推測できます。
そして、特定行為を依頼する医師は条件を満たした医師でなければなりません。私の地域ではMC協議会で決められている病院の医師である必要があります。様々な理由がありますが、理由のひとつとして挙げられるのは、特定行為を指示した医師には責任が伴うため、指示料が発生することが挙げられます。
・偶然居合わせた大学病院の医師
・クリニックの医師
このような医師が救急救命士に特定行為の指示を行った場合、責任の所在が明確でなくなり、指示料の支払いが不明確になるのですね。そして、特定行為を行った救急隊員には特定行為の手当が支給されます。
静脈路確保は看護師の方がスキルが高い
今回のケースで救急隊員は「自分でやるより確実だと思った」と言っていますが、救急救命士の立場から考えて、理解できなくはない意見です。
救急救命士は特定行為をする機会が限られているので、静脈路確保などの穿刺をする機会はそれほど多くはありません。月に10回あれば非常に多いと言ってよいですね。しかし、看護師の方はそうではありません。
・来院した方の点滴
・注射
勤めている環境によりますが、このようなことは日常的に行っていることと言ってよいですね。そのため、静脈路確保のスキルにおいては、看護師の方が救急救命士よりも遥かに優れていると言って間違いないですね。
※特に、心肺停止傷病者は血管が虚脱しているため、静脈路確保が生体よりも難しいケースが非常に多いのです。
YOHの考え
今回のケースは詳細な条件が分からないので推測するしかありませんが、おそらくは救急隊員3名の中で救急救命士が1名しかいなかったのではと考えられます。2名以上いれば、特定行為を同時並行で行うことができるからですね。
・1名が静脈路確保
・もう1名が薬剤投与の準備
救急救命士が2名以上乗車していれば、このように並行して傷病者の処置に当たることができるということです。しかし、条件が悪かったと言って、居合わせた看護師の方に静脈路確保を指示することは、救急救命士としては絶対にやってはならない行為です。
・心肺停止傷病者に対して特定行為をしないことは救急救命士の責務放棄
・救急救命士法違反
・虚偽報告しているということは、やましい気持ちがあった
・特定行為手当不正受給の可能性がある
・看護師の方の感染防止を適切に行えていたのか
看護師の方に指示をした救急救命士はこれだけの問題を解決する必要があると私は考えています。それほど、今回のようなことはやってはいけないということです。
私がこの救急現場に出動していたのなら、居合わせた看護師の方に特定行為を依頼することは絶対にないといってよいですね。
今回のケースでは傷病者は心拍再開して助かっていますが、亡くなっていた場合、処置をした看護師の方が責任を感じる可能性もあります。自分のスキルに自信がないからと言って、そのような責任を一般市民の方に背負わせることは、救急救命士として絶対にしてはいけない行為ということです。
※実際のところ、静脈路確保だけで心拍再開することは無く、救急車到着までのバイスタンダーによる応急処置(胸骨圧迫と人工呼吸、AEDの適切な使用)が救命に繋がった可能性が非常に高いです。
しかし、限られた条件下で傷病者の生存確率を少しでも上げたいと思う気持ちは理解できなくはありません。結果的に傷病者は心拍再開しているので、その中で最善の選択だったのかもしれないということです。
そのように考えると、非常に難しい答えの出ない問題かもしれません。ご覧いただきありがとうございました。
救急救命士関連の記事についてはこちらです。
公務員は最悪の場合、損害賠償請求のリスクがあります。その際、組織の対応は非常にドライです。